2002-09-15 ヨコ漏れ御免,私のタイプ
――今日はホムペする練習の第5段です。いままで遭遇したことのない漏れ方をしています。ホムペするためですのであしからず。――
実用と観賞用
あなたは普段どんなごはんを食べたいですか。おいしいものばかり食べたいですか。粗食でも構いませんか。私は質素なものを常食にしたいですが,デザートはおいしいものを食べたいです。私の場合,実用と観賞用はまったく別ものなのです。ここで「実用」は分かりやすいから説明不用だとして「観賞用」とは一体,何なのか分からない人がいらっしゃるでしょうから少し説明します。観賞用は本当に見るだけです。遠くから「ああ,いい眺め」などと心を和ませるのです。私にとって観賞用は不可侵なのです。
私が公園デビューした年にこんな出来事がありました。当時19歳だった私は市内某所をうろうろしていました。午前4時頃だったと思います。某仲通の塀に腰掛ける人物が1名。その人はまるで木村べ●のイラストが実写になったような風格をしていました。いま思い出してみると野球部かアメフト部あたりだと思います。氏の目の前には廉価な自転車が停められていました。記憶がおぼろげでどちらが最初に話し掛けたのか覚えていませんが,氏が大学4年生だということ,自転車で帰る途中らしいという話をした記憶だけは鮮明に残っています。お話しているうちにあたりを一緒に歩くことになりました。そうやってひと気のない某駐車場に入ったときでした。突然,後ろから抱きつかれてしまいました。私はびっくりしてしまって夢中で腕を払い除けようとしました。「ごめんね。冗談だよ」と言ってすぐに開放してくれたので,それ以上のことは何もありませんでした(何かあったら話のネタにしません)。ともかくこれが観賞用をお断りした初めての経験でした。
さて,この人とは2週間後にも同じ場所でお会いしたのですが,そのときもまたまたお断りしてしまいました。どうも私の中では実用と観賞用との境界線がはっきりしているようなのです。観賞用はあくまで見るだけで決して触れてはいけないのです。越えてはならない一線がはっきり引かれているのです。なぜこんな区別があるのか自分でもよく分かりません。
お付き合いする人の条件
私,お付き合いというものを一度もしたことがありません。「いったいどうして?」としばしば尋ねられます。こればかりは「今までいなくてもなにも不自由しなかったし,興味を持てるような人がいなかったから」としか答えようがありません。
お付き合いする人の条件とはなんでしょうか。よく「一緒にいると安心する人」とか「落ち着く人」とか「楽しい人」なんていう曖昧な話を耳にしますね。私はこのあたりの見解がはっきりしています。それは共通の目標がある人です。経験的に何らかのサークル活動をしている人同士はおさまりがよい気がします。共通の話題,目標があるから団結しやすいのでしょう。またひとりでできないことはだれかの手助けが必要でしょうから,必然的にくっ付いてしまう気がします。もっとも「気がする」だけで実際どうなのかは分かりませんけどね。
さて,実用と観賞用の話に戻ります。実用とはすなわちお付き合いする人のことです。私,観賞用は好みがはっきりしているのですが,実用はこれといったこだわりがありません。ちょっとお腹が出ていても,ちょっと歯並びが悪くても,ちょっと肌が荒れていてもあまり気にしません。もちろん程度によりますけどね。よく自分のクローン人間のように,似たような顔つきで同じ背丈で同じ髪型で,同じ服を着ている人たちがいます。私は自分とそっくりな人とお付き合いしたいとは思いません。