2004-07-06  日刊(でもない)ゲイダイの紹介

名ばかり相場師、ミニ田勝夫の『我が人生に勝ちなし』
http://pub.ne.jp/vacant/

最近のネタの傾向⇒何があっても安全です

恥ずかしすぎる思い出

ミニラさんはいくつもサイトを運営している方でして,「日刊(でもない)ゲイダイ」はたぶん第4番目か第5番目くらいのサイトだと思います。ミニラさんを語るには,まず第1番目の「GGC日々のために」というサイトを紐解かなければなりません。

GGCは「ヴァーチャル兄貴」という仮想人物が都内の某部屋を紹介するサイトであり,1997年から1998年にかけて公開されていました。私は「Yahoo! JAPAN」のディレクトリでGGCを発見し,「ぜひぜひお近づきになりたい」と思いました。ずうずうしくもミニラさんにメールを出したのです。これがミニラさんとオラオラ仲間(なぞ)になるきっかけでした。

GGCの話を続けましょう。当時GGCは特異な存在感を放っていました。最初は某部屋の紹介が中心であったはずなのに,いつの間にかオーディオ機器,80年代アイドルさらには現在の「ホムペ」の話題も扱われるようになりました(本当のことをいうと7年も前のことだから,詳しい内容は覚えていないのです)。こうして栄華を極めたGGCでしたが,1998年に閉鎖されてしまいます。それでもミニラさんご自身はGGC閉鎖後も活動を続けられており,「灯」が絶えてしまうことはありませんでした。

時は流れ2004年4月,私はミニラさんと会食する機会を得ることができました。場所は都内某和食チェーン店,私はミニラさんからホムペがらみの「新たな構想」を聞かされました。もっともすぐに新サイトが作られるという話の運びではありませんでしたが,「この人はまた『ホムペしてしまう』に違いない」と新サイトの出現を私は確信していました。

会食からひと月半ほどがすぎた頃に,ミニラさんから新サイトの案内メールが届きました。私の勘は的中したのです。早速,覗いてみると構想どおりの内容でした。それでもホムペの潮流にあえて逆らう意図があるらしく,今回はひっそりと運用するそうです。さて現在の「日刊(でもない)ゲイダイ」には,主にふしだらな投稿文の例文が掲載されています。じつは会食の場で,私はもっと先のネタを伺っています。でもちょっと作るのが大変そうだし,ネタバレしてミニラさんからオラオラされると困るので(ふめい),黙っておきますね。

ひとこと

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1999-04-09  USOKOBANの紹介

USOKOBAN
http://www.fsinet.or.jp/~r_alex/uindexg.html

最近のネタの傾向⇒気ままに小旅行

恥ずかしい思い出

1996年の初夏だったでしょうか。当時,工学部の学生だった私は実験レポートを作りながらWWWの某チャットルームに夜な夜な出入りしていました。らいぞうさんは,そのチャットルームでのお知り合いです。ちょうどインターネットが民間利用され始めた頃からのお付き合い(ヘンな意味ではありません)になるんですね。

私の観察が足りなかっただけなのかもしれませんが,知り合った当初の氏は世間ずれしていないというかその辺にいるゲーマーさんという雰囲気でした。しかしいつの間にか眼鏡をコンタクトレンズに変え,ジムに通い,髭を生やしという具合に短期間で劇的な進化を遂げられたようです。やはり愛されている人は,「パッ」と変われるものなんですね。

ひとこと

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1998-08-29  くまくすねっとの紹介

くまくすねっと
http://www.kumakusu.net/

最近のネタの傾向⇒YaLLOW Project,プロデューサ,出張

恥ずかしい思い出

1998年8月下旬,大学の夏休みが終わろうとしていたある日,見知らぬ人からリンク依頼のメールが届きました。送り主は「くまくす」さん。メールを拝見すると,なんでも「悪いごん太くん」に触発されたんだとか。私はそのとき初めて「くまくすねっと」を体験したのですが,まったく畑違いのサイトに見えたので驚きました。当時の私は,髭やら熊やらそういう分野をおぼろげにしか知らなかったのです。

今だから言えることですが,これほど生活環境のかけ離れた方とどうしてお知り合いになれたのか今もって謎(by 小松未歩)です。

ひとこと

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1998-05-24  otherの紹介

other
http://other.at.infoseek.co.jp/

最近のネタの傾向⇒海外旅行,奥さま,エアロビ中毒

恥ずかしすぎる思い出

YUJIさんは私の記憶が定かではないくらい前からの「みえないオトモダチ」です。某パソコン通信ネットでお知り合いになりました。さて,お知り合いになるまでの経緯が複雑なので小話をします。(パソコン通信をしたことがない方は一部,内容を理解できないと思います。)

私がパソコン通信を始めたのは1991年です。最初はもっぱら地元のBBSにアクセスしていました。その1年後(1992年),中学時代のお友達に誘われてPC-VAN(現在のBIGLOBE)に入会しました。その頃は何の変哲もないパソ通生活を送っていたのです。しかし1994年に三才ブックスの「裏パソコン通信の本」に出会ったことが転機となりました。この本には業界系ネットの紹介が載っていたのです。私はそのとき初めて業界系ネットの存在を知りました。興味本位でその中のGη○にゲストアクセスして,あろうことかその場で会員登録してしまいました。数日後,自宅に一通の葉書が届きました。葉書に差出人の名前はなく,「パソコン通信の世界へようこそ。あなたのパスワードは********」とだけ書かれていました。以後,数か月間Gη○に入り浸る日々が続きました。1995年の秋頃だったでしょうか,Gη○の雰囲気に良くも悪くもすっかり慣れたある日,某ネットの管理人だという人物から電報が届きました。たしか「うちにも遊びに来てね」っていう内容だったような。そのネットの名前は「某ねっとわーく」とでもしておきましょう。

私は早速,「某ねっとわーく」に潜入。掲示板の雰囲気は不特定多数の交換日記のようなものだったと記憶しています。話が長くなりましたが,YUJIさんもその掲示板にこっそりいらっしゃった,というのがお知り合いになったきっかけです。余談だが,氏がWWWサイトを公開したのは1995年の終わり頃です(1996年の初めだったかもしれない)。もうおぼろげにしか覚えていませんが,あのとき公開されていたレオタード姿(ユニタード姿だったかもしれません)の画像は強烈でした。

ひとこと

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